第3回アンチド−ピング国際会議2001年大阪 (紹介)


佐藤千春(朝日大学) 

 1月18日(木)大阪国際交流センタ−において10時から式典が始まった。黒田善雄大会実行委員会会長、磯村隆文副会長(大阪市長)、町村信隆文部科学大臣(代読)の挨拶の後、加藤尚武(京都大学)の「21世紀の倫理を求めて」と題する基調講演があった。加藤によれば、「危険の防止」は法と倫理の共通の目的といえるが、法は他人に危害を与えない限り不合理な決定を許す自己決定権を保障するのでド−ピングは法によって禁止できないという。もちろん過度の自己危害があれば、法はパタ−ナリスティクな立場から禁止できるが、ド−ピングはこれに含まれないとされる。ド−ピングを禁止するかどうかを決めるのはスポ−ツのル−ルであり、容認するル−ルのもとでも使える薬物を明らかにすれば競技者間の公平は図れるが、21世紀に登場する遺伝子を操作するド−ピングは、遺伝子情報を知る者には結果があらかじめわかってしまうため、競技者の公平は保てずスポ−ツはおもしろくないものになってしまうと予想する。面白さを回復するには64兆分の1の組み合わせがある自然の交配に委ねればたり、遺伝子ド−ピングについては禁止の声が高まるはずと指摘する。 

 昼食をはさんで、13時からアン・グリッパ−(ASDAスポ−ツサ−ビスチ−ム・マネ−ジャ−)により「シドニ−オリンピックでのアンチ・ド−ピング」と題する基調報告があった。大会における不正行為が少なかった理由として、(1)WADAによる世界的な規模での抜き打ち検査と(2)IOCによる事前の競技外検査に加えて、初めて(3)EPO検査が導入されたことが挙げられるという。このため参加を取り止める競技者もいたが、表だった不満が聞かれなかったのは、(4)検査手続きや異議申し立ての手続きを書面にして公開し、大会終了後1カ月以内に競技別実施検査数や陽性の結果数を発表したり、(5)検査にWADAの監視人が立ち会うことで、検査の透明性や公正が示されたためであるという。ド−ピングの根絶には不正な行為に走る気持ちを抑える教育が有効であり、ASDAは、競技者、団体、監督・コ−チ、市民などに対し薬物やその被害の実情について出版物やホ−ムペ−ジにより情報を広く提供し、20の機関、3つの政府、6つのIFとの間で教育と検査について協力関係を作ることでこの10年間で陽性率を0.2パ−セントに引き下げることに成功したという。今後のアンチド−ピングは、WADAが中心になり政府やIFが協力して国際的な検査を実施する形で進められることになろうが、その際、検査への信頼を確保するには検査能力を保障する資格認可の制度を作ることや検査方法を確立するための資金援助も必要であり、さらにメディアの影響力も考慮し正確な情報を提供して利用することも大切である、と述べた。

 この後、シンポジュウム形式で二つのセッションがあった。最初のセッションは「21世紀のアンチ・ド−ピング・ム−ブメント」と題し、河野一郎(筑波大学)が司会を務めた。パネリストは、グリッパ−、黒田、アンジェラ・シュナイダ−(ウェスタンオンタリオ大学)であった。シュナイダ−はド−ピングに反対する論拠として、身体への有害性、社会への危険性、検査によるプライバシ−侵害など7つの論拠を挙げ、いずれも説得力に欠けるとの結論を導く。そしてこれからは「能力を獲得する喜びがスポ−ツに内在する善である」という立場を確立して行くことが重要だという。また黒田は、これまでは検出方法が確立されていないものを禁止リストに加えてもやがて技術が開発されてリストの実効性を確保できたが、21世紀はホルモンがド−ピングの主役になり、人間のからだが作るホルモンを遺伝子操作で作れるようになるから体内生成か否かの判定は困難になり検出技術に限界が生じるという。このため競技者がド−ピングに走らないように心に訴える必要が高まり、「何の引け目も感じることなく、しかも敗者からも祝福されるスポ−ツになる」ように倫理観を育てることが大切だといわれた。

  「アンチ・ド−ピング・ム−ブメントへのアプロ−チ」というセッションでは杉村茂(スポ−ツ・プロデュ−サ−)が司会を務め、井村雅代(シンクロ)、佐藤満(レスリング)、弘山勉(陸上)がパネリストになって、指導者の立場からド−ピングに対する思いを語った。現役時代よりも規制が厳しくなって来ているので、治療薬やサプリメントの摂取には特に注意を払っているが、競技者自身の自己管理意識が希薄だという指摘があった。また薬効に頼りたい誘惑に対して「厳しいトレ−ニングの結果得られる達成感のすばらしさ」を教えることで対処して行きたいという見解が示された。

 最後に、黒田大会実行委員長から次のような「2001年大阪声明」が発表された。

「1.ド−ピングは、身体という自然に対する破壊行為であり、スポ−ツ界の問題にとどまらず、人類が解決すべき環境問題として認識しなければならない。2.自らの身体への破壊行為のみならず、他者に対する同様の働きかけをも厳に慎むことが、スポ−ツに関わるすべての者の責務である。3.我が国のアンチド−ピング・ム−ブメントは、国内調整機関の主導のもと、国内オリンピック委員会(IOC)、世界アンチ・ド−ピング機構(WADA)等の国際機関との調和と連携を図りつつ、推進しなければならない。4.我が国のアンチ・ド−ピング・ム−ブメントは、アジアのみならず世界の健全なスポ−ツの発展に寄与するものである。」

 アンチド−ピングを実現しようとしてもスポ−ツ社会の法の実効性に限界があるとすれば、倫理面の強化をせざるを得ない。スポ−ツ社会のメンバ−となったら「自然に備わった身体を尊重する」倫理観を持ってほしいという願いがこの声明に現れている。このような大会の地道な積み重ねは、日本のスポ−ツ社会の倫理の統一をもたらし、国民生活を健全な方向に導いてくれるように思われる。