スポーツ基本法改正に関する提言

スポーツ基本法改正に関する提言

2025年4月15日

 

日本スポーツ法学会

会長 棚村政行

はじめに

日本スポーツ法学会は、1997年12月20日に「スポーツ基本法要綱案」を提言し、当時のスポーツに関する権利宣言や各国の関連法の内容を踏まえ、スポーツの基本として重要な事項を確認した。こうした経緯を受けて、スポーツ基本法(前文)においては、「すべて国民は、自らの幸福を追求するために、スポーツに関する権利が保障されなければならない」との規定が設けられ、日本国憲法第13条が定める基本的人権との関係において、スポーツ権を新たな人権として国内法上に位置づけるべきことが示されている。スポーツに関する権利の規定は、憲法を中心とする国内法体系、国際的なスポーツ法体系、および国際的な基本的人権に関する法体系に対応した形で定められることが必要であり、現行のスポーツ基本法の規定は、これらの法体系におおむね対応した内容となっている。そのため、当該規定については、文言の修正を加えることなく維持すべきである。なお、その他の重要な権利に係る規定を修正・追加する場合には、スポーツ法規範秩序の体系を考慮し、適正な立法の構成を定める必要がある。

また、日本スポーツ法学会の「スポーツ基本法要綱案」では、スポーツの基本権およびスポーツに関する権利を確保するために、次のような規定が設けられている。すなわち、「スポーツに参加する者は、すべて自由である」として「スポーツの自由」、「スポーツに参加するものは、人種、信条、性別、出生、社会的身分、経済的地位、障害の事情などにより差別されてはならない」として「スポーツの平等」、「スポーツに参加する者は、自ら選択するスポーツ団体を設立し、これに加入する権利を有する」として「スポーツ団体の結成の自由および自治」を保障している。これらの規定は、スポーツを「する」ことや「ささえる」ことのためにも、極めて重要であり、スポーツ権を確保するための根幹的な規定といえる。

しかしながら、これらの基本規定については、現行のスポーツ基本法には明確な定めがなく、今後、改正法に追加されるべき規定であるといえる。また、これらの規定は、個々に重要な基本規定であり、国際的なスポーツに関する権利宣言等の動向や国内法規定においても、個別に明白に規定されるべきものであると考える。

以上を踏まえ、以下のとおり、日本スポーツ法学会としての意見およびスポーツ基本法に関する具体的な改正案を提示する。

 

  1. 前文・基本理念・各条文の改正の方向性

1.1. 前文

 前文では、スポーツの意義やその社会的価値等が高らかに謳われているが、これに加えて、スポーツと国連の持続可能な開発目標SDGs(Sustainable Development Goals)等、貧困、人権、環境、気候変動、平和、ジェンダー平等、ハラスメント・差別・暴力等の根絶、ダイバーシティ・エクイティ・インクルージョンの実現等、世界的課題への貢献という視点を、より積極的に取り入れていくことが望まれる。また、日本においても、子どもの権利条約の趣旨に則り、「こども基本法」が制定され、「こども家庭庁」が設置される等、こどもを中心とした総合的な施策の推進が図られている。こうした動きは、こども・若者の健全な成長と権利の保障に向けた重要な一歩であると言える。しかしながら、こども・若者の健全育成を目的とするスポーツにおける安全・安心の確保に関しては、依然として具体的な施策が十分に整備されているとは言いがたく、今後さらに実効性のある取り組みの推進が期待される。また、2011年のスポーツ基本法の制定を契機に認識が高まった「スポーツ権」、すなわち「スポーツをする基本的な権利」についても、その明確化と実質的な保障のさらなる具体化が求められる。

 また、2021年に採択された「改訂新・ヨーロッパ・スポーツ憲章」に見られるように、スポーツ政策においては、「人権・民主主義・法の支配」といった基本的価値に加え、「スポーツに携わるすべての人の人権の保護」「倫理観や行動規範の発展」「スポーツ団体、競技大会、参加者のインテグリティの確保」さらには「持続可能な開発の原則に沿ったスポーツ活動の推進」等、国内外に共通するグローバルな課題や目標を積極的に取り入れていくことが求められる。とりわけ、スポーツの場における差別・暴力・虐待・ハラスメント等の人権侵害の防止・禁止、インテグリティの確保、そしてダイバーシティ・エクイティ・インクルージョンの実現については、国および地方公共団体の責務とするだけでなく、各スポーツ団体にもその責務を明確に課すべきである。あわせて、すべての人が安全かつ安心してスポーツに参加できる環境を確保するため、必要な施策を講じることを、スポーツ基本法における基本的な責務として位置づけることが求められる(第3条(国の責務)、第4条(地方公共団体の責務))。

 

1.2. 第5条(スポーツ団体の努力)

 これまで、スポーツを行う者の権利利益の保護や安全の確保等については、スポーツ団体の「努力義務」として位置づけられてきた。しかし今後は、これらを「責務」として明確に定める必要がある。また、運営の透明性や民主性の確保等、ガバナンス強化に関する施策や、スポーツ団体における紛争解決への取り組みについても、同様に「責務」として規定すべきである。

 これまで「努力義務」とされてきた背景には、スポーツ団体の規模や組織体制、人的・物的資源に大きな格差があることへの配慮があったと推察される。しかしながら、制度の成熟や社会的要請の高まりを踏まえれば、より強い「責務」として位置づけることが必要である。スポーツ基本法が制定されてから14年が経過した今日においては、スポーツ団体に課す義務についても、「努力義務」の段階から脱却し、「責務」として法的に明確化すべき段階にあるといえる。

 

1.3. 第9条(スポーツ基本計画)

 文部科学大臣は、スポーツ基本計画の策定にあたり、審議会やスポーツ推進会議等との連絡調整を図ることとされているが、これに加えて、国民の意見を適切に反映させるための仕組みを制度化することが求められる。とりわけ、スポーツ政策が社会全体に与える影響の大きさを踏まえれば、専門的知見の集約に加え、市民や関係団体等、多様なステークホルダーの意見を政策形成過程に反映させることにより、民主的手続の確保を図る必要がある。こうした民主的手続の確保は、スポーツ基本法の理念の実現に資するものであり、計画策定権限の透明な行使を担保する観点からも重要である。

 

1.4. 第10条(地方スポーツ推進計画)

 同様に、地方スポーツ推進計画の策定にあたっても、広く住民の意見を反映できるような規定の整備を行う必要がある。

 

1.5. 第11条(指導者等の養成等)

 こども家庭庁が推進する、こどもに接する業務に従事する者の性犯罪歴を確認する日本版DBS(Disclosure and Barring System)に関する法案が成立したことは、こどもの安全を守るうえで大きな前進である。しかしながら、これにとどまることなく、英国における先進的な取り組みに倣い、スポーツ分野においてもさらなる制度的対応が求められる。すなわち、指導者の資格認定、養成、継続的な研修に加え、各スポーツ団体においてChild Protection(こども保護)制度を導入するよう、国が主体となって働きかけを強化すべきである。

 スポーツの現場におけるこどもの権利の保障と安全の確保は、単なるチェック機能の整備にとどまらず、組織的・文化的な対応を含む、より包括的な枠組みの整備が不可欠である。したがって、制度設計と並行して、スポーツ団体における責任体制の明確化や、相談・通報体制の構築等を含む、実効性あるこども保護政策の推進が強く求められる。

 

1.6. 第14条(スポーツ事故の防止等)

 現行法においては、スポーツ事故に関して、事故発生前の防止等に関する規定は存在するものの、事故発生後の対応に関する規定は設けられていない。

 そこで、国および地方公共団体は、スポーツにおける安全・安心の確保を図るため、以下のような適切な措置を講ずる責務を負うものとすべきである。

すなわち、被災者(スポーツ事故においては必ずしも加害者が想定されるわけではないため「被害者」ではなく「被災者」という。)に対する救済、回復、補償等を行うスポーツ事故補償制度および事故の再発防止を目的とした事故調査・原因究明制度を構築する責務である。

 スポーツは身体活動である以上、傷害を伴う事故は一定程度避けがたい性質を有している。とはいえ、時に重篤な事故が発生し、深刻な被害を受ける被災者が生じている現状は、看過できない。こうした事故は、被災者に身体的・精神的・経済的な損失をもたらすものであり、現行の制度(保険・共済等を含む)では、それらの損害に対する十分な回復が図られているとは言いがたい。こうした状況を踏まえ、継続的な生活支援および社会復帰の促進の観点からも、迅速かつ適切な救済・回復・補償措置の制度化が不可欠である。そのためには、国・地方公共団体・スポーツ団体・医療・福祉・法的支援機関等が連携した支援体制を構築し、関係機関間の役割分担および情報共有の枠組みを明確にする必要がある。これらにより、スポーツ活動において委縮が生ずることなく、安心してスポーツに取り組むことができるのである。

 スポーツ事故の原因究明にあたっては、専門的知見を有する第三者による調査委員会を設置し、客観的かつ中立的な立場からの分析・検証を実施すること。また、スポーツ事故に関する件数、態様、被害の状況等について、体系的な情報収集・統計整備を行い、その結果を公表することにより、透明性と教訓の共有を図る必要がある。

 以上のように、スポーツ事故補償制度と事故調査原因究明制度は、総合的な支援制度として機能させる必要がある。あわせて、事故の原因が過失によるものであった場合においても、関係者に過度な法的・経済的責任を一方的に負わせることなく、関係性の断絶や対立構造の助長を回避しながら、被害者の救済と再発防止の両立を図る視点が重要である。これらの措置を通じて、スポーツの現場における安全・安心の向上と、参加者・保護者等の信頼の確保につなげていくことが求められる。

 

1.7. 第15条(スポーツに関する紛争の迅速かつ適正な解決)

 公益財団法人日本スポーツ仲裁機構(JSAA)による仲裁・調停は、2003年の創設以来、100件を超える実績を積み重ねてきた。近年では、スポーツ紛争の件数そのものの増加に加え、その内容も多様化・専門化・複雑化が進んでおり、迅速かつ適正な解決に向けた制度的基盤の強化が急務となっている。

 このような状況を踏まえ、JSAAの機能強化に向けては、仲裁人・調停人等の専門的人材の育成・確保、紛争処理体制の物的整備に加え、安定的な運営を支える財政支援、さらには仲裁合意や自動応諾条項の導入を含む法制上の措置を講ずることが必要である。

 したがって、スポーツ紛争の迅速かつ公正な解決に資する制度の構築に向けて、国としても財政的・法制度的な観点から必要な施策を講じるべきである。

 

1.8. 第16条(スポーツにおける科学的研究の推進等)

 これと併せて、国は、個人情報やプライバシー保護、情報セキュリティに配慮しつつ、スポーツ界におけるDXの推進と科学的研究の推進のための必要な施策、財政上、法制上の必要な措置を講ずるものとすべきである。

 

1.9. 第17条(学校における体育の充実)

 本条でも、暴力・体罰・ハラスメント・虐待・差別・いじめ等の人権侵害を受けることなく、安全・安心なスポーツ環境の下でスポーツ活動を行うことができるように必要な施策、財政上の支援、法制上の措置をとることを義務付ける。

 

  1. 国際的動向を踏まえた法整備

2.1. 国際的動向を見据えた改正

スポーツ基本法は理念型・政策形成推進型の立法であるが、現代の国際的潮流を踏まえた見直しが求められている。まず第1に、基本的施策の中に、スポーツ法やスポーツ政策のグローバルな展開、国際協力および国際連携の動向を適切に組み込むことが必要である。たとえば、2021年に改訂された新・ヨーロッパ・スポーツ憲章では、以下の6つの特徴的な動向が見られる。①目的規定において、「人権・民主主義・法の支配」に加え、「スポーツに携わるすべての人の人権の保護」、「倫理観や行動規範の発展」、「スポーツ団体、競技大会、参加者のインテグリティ」、「持続可能な開発の原則に沿ったスポーツ活動」が明記されたこと、②公共機関の責務として、「法の支配とグッド・ガバナンスの導入」や関係機関との連携の必要性が加えられたこと、③企業やプロスポーツの分野では、「対話と連携の重要性」や「得られた利益をスポーツ界に還元すること」が新たに位置づけられたたこと、④人権の分野では、「アスリートの人権の保護」、「ジェンダー平等の実現」、「暴力・差別の根絶」等が具体的に規定されたこと、⑤スポーツ倫理の面では、スポーツを通じた倫理的学びの重要性が強調され、インテグリティの観点からは、「暴力・ハラスメント・虐待からの保護」や、「透明性・インテグリティ・民主主義・団結等の原理に基づくガバナンス整備」が推奨されたたこと、⑥持続可能性については、環境のみならず、社会的・経済的側面に関する配慮が盛り込まれ、スポーツ活動やイベント開催における環境や社会への影響に対する意識の重要性とともに、長期的なレガシーの創出が謳われていること、である。こうした国際的動向を踏まえると、日本のスポーツ基本法の見直しにおいては、①すべての人が「する・みる・ささえる」等、多様な形でスポーツに関わる権利を保障する「スポーツ権」について、憲法体系の中での定義・位置づけ・範囲を明確化・実質化するとともに、安全・安心の確保や公衆衛生・生命健康の保持の観点から、自然災害や感染症への予防・対策等も含めた具体的な措置を講じること、②こどものスポーツ権の確立を図り、暴力・虐待・ハラスメントの根絶に向けた実効性ある取り組みを推進すること、③ジェンダー平等やLGBTQ等の性的マイノリティに対する差別解消、障がい者への合理的配慮等、ダイバーシティ・エクイティ&インクルージョンの実現に向けた具体的施策を導入すること、④国連のSDGsに沿って、貧困・飢餓・暴力の撲滅、環境保護、持続可能な社会・経済の構築と人権の保障に貢献するスポーツ政策を推進すること等が基本的方向性として考えられる。

 

2.2. スポーツをめぐる安全・安心および平和

 スポーツ基本法は、スポーツ事故の防止(第14条)やスポーツに関する科学的研究の推進(第16条)について定めているが、今後は、スポーツ選手をはじめとする関係者の安全・安心の確保に資する観点から、感染症対策を含む保健、衛生、医療に関する事項についても、必要な措置を明確に定めることが求められる。

近年、社会全体で性暴力や性犯罪の被害に対して被害者や支援団体が法改正を含む活発な活動を展開しており、これを受けて、スポーツ界においても暴力、ハラスメント、虐待等の人権侵害に対する基本的施策を求める声が一層高まっている。2021年10月には、国際人権団体ヒューマン・ライツ・ウォッチやアスリートセーブジャパン等スポーツ関係6団体が、スポーツ庁および東京オリンピック・パラリンピック組織委員会に対して、スポーツにおける暴力根絶を目的とする専門的かつ独立した第三者機関の設立を求める要望書を提出した。日本国内では、こどもたちがスポーツ活動において暴力・虐待・ハラスメントの被害を受けている実態があり、その対応として、被害者のための相談窓口の設置、被害事案の調査・処分、再発防止のための研修や更生・予防プログラム等を担う「セーフスポーツ・センター(仮称)」の設立が必要であるとの提言もなされている。また、2020年12月には日本スポーツ法学会において「スポーツに関わる子どもの権利宣言」が採択され、スポーツ団体のガバナンス体制の強化、体育・スポーツ指導者の養成制度および資格認定制度の整備、ならびにこどものスポーツ権の確立に向けた法整備が指摘されている。このように、こどものスポーツ権の保障および暴力・虐待・ハラスメント等の根絶に向けた取り組みの推進について、スポーツ基本法または個別法の明文で規定することが望ましい。さらに、世界経済フォーラム(WEF)が2024年6月に発表したジェンダー平等に関する国際報告によれば、日本は146か国中118位であり、G7諸国の中では最下位に位置している。このような状況を踏まえ、日本社会全体がジェンダー平等、LGBTQを含む性的マイノリティへの理解促進、そしてダイバーシティ・エクイティ&インクルージョンの実現に向けて着実に進む必要があるが、スポーツの世界においても例外ではなく、スポーツ基本法においてもこれらの理念を明記し、具体的施策を講じる責務を明確化すべきである。あわせて、気候変動、環境破壊、自然災害等、地球規模での課題が山積する中、SDGsは2015年の国連サミットにおいて全会一致で採択され、2030年までの達成を目指す17の目標のもと、貧困や飢餓の撲滅、暴力の根絶、環境保護、持続可能な経済・社会の実現、人権の尊重等が国際社会の共通目標として掲げられている。この達成には、政府、企業、NGO、地域、そして個人が協働して取り組む必要がある。オリンピック・パラリンピックの開催意義も、本来はこうしたグローバルな課題(たとえばコロナ禍や気候変動等)に世界が一致団結して立ち向かう契機とし、誰ひとり取り残さず、多様性と調和を尊重し、あらゆる差別の撤廃と人権の尊重、平和で持続可能な共生社会の実現を目指すものでなければならない。現在、世界各地で戦争と暴力が続き、こども、女性、高齢者等、社会的弱者が深刻な被害を受けているだけでなく、スポーツ関係者を含む多くの尊い命が失われているという現実がある。スポーツが掲げてきた「世界平和」や「人権の尊重」という理念も揺らぎかねない状況にある今こそ、スポーツ基本法の改正を機に、SDGsの理念を踏まえつつ世界平和の実現、人権尊重、戦争の即時停止等に関する基本的理念をあらためて確認し、その意義を社会全体で共有することが求められている。

 

2.3. スポーツ基本計画および個別立法による対応

スポーツ基本法は理念型立法であると同時に、政策形成・政策推進型立法であることから、国のスポーツ基本計画や地方公共団体のスポーツ推進計画の策定、ならびにスポーツ推進会議や都道府県・市町村のスポーツ推進審議会等における具体的な施策の決定や推進体制の構築に際しては、行政や一部の関係者のみで方針を決定するのではなく、幅広い国民の声をいかに的確に反映させるかが極めて重要となる。その際には、民主的コントロールをいかに機能させるかという視点に加え、プロセス全体における透明性および公正性の確保も不可欠な課題である。さらに、スポーツ界に法の支配や法の理念を定着させるためには、理念法としてのスポーツ基本法のみでは十分とは言えず、たとえば2018年に施行された「スポーツにおけるドーピング防止活動の推進に関する法律」のように、個別課題ごとに具体的な立法を通じた対応が求められる。具体的には、スポーツにおける安全・安心の確保のため、海外の先進諸国に倣い、「スポーツにおける暴力・虐待・ハラスメント防止及び被害からの保護に関する法律(仮称)」、「スポーツ事故の防止および被害救済・補償に関する法律(仮称)」、さらにはスポーツ分野におけるデジタル化の推進を目的とした「スポーツにおけるAI・ロボット・デジタル技術の活用に関する法律(仮称)」等、個別立法によって基本施策を具体化し、実効性のある法制度を整備していくことが、今後の重要な課題である。

 

  1. スポーツ事故補償制度と事故調査・原因究明制度構築の必要性

3.1. 総論

当学会は、2022年10月15日のシンポジウム「スポーツ事故補償の課題を考える」および同年12月10日の学会大会「スポーツ事故補償の在り方を考える」において、スポーツ事故補償に関する現状の課題を明らかにし、改善に向けた提言を行ってきた。また、日本弁護士連合会・スポーツエンターテインメント法促進プロジェクトチームも、2024年9月7日に開催された日弁連弁護士業務改革シンポジウム「スポーツ事故補償のあり方について」において、同様の課題提起と提言を行っている。さらに、2023年12月7日の当学会主催シンポジウム「スポーツ基本法改正に向けて ~施行後13年を経た現在地の検証、あるべきスポーツ界の姿へ~」においても、スポーツ事故補償をめぐる制度的課題について、改めてその重要性が確認された。しかしながら、こうした問題意識は、スポーツ界全体で十分に共有されているとは言い難く、とりわけ重篤事故の補償および事故調査・分析をめぐる制度改革は喫緊の課題となっている。

 

3.2. スポーツ事故補償制度について

先ず、重大事故の補償について言及する。近年、スポーツ事故により重篤な障害を負った事案では、1億円を超える損害賠償が認容されるケースが増加しており、被害者の救済を図るうえで、民事訴訟(損害賠償請求)を避けることが困難になっている現状がある。こうした訴訟では、当然ながら過失の有無が争点となるが、その過程で指導者等の関係者が加害者として位置づけられ、深刻な対立関係が生じる構造にも留意が必要である。

本来、スポーツは人と人との信頼関係や地域社会のつながりを形成・強化するものである。しかしながら、事故責任と補償をめぐる法的対立は、長年にわたって築かれてきた信頼関係を損なう事態にもつながりかねない。また、現行の保険や共済制度では、重篤なスポーツ事故による損害を十分に回復することが困難な場合が少なくない。たとえば、学校教育(部活動を含む)における事故では、公的制度上の補償額は最大4,000万円とされているが、それを超える損害については自己負担となるか、または学校や指導者の過失を問う法的手続きによって補償を求めざるを得ない状況にある。この場合、被災者やその家族は精神的・経済的に大きな負担を抱えながら訴訟を進めなければならない。また、加害者の過失が問えない場合、被災者は極めて高額な損害を自己負担する必要があり、仮に傷害保険に加入していたとしても、補償が十分でない現実がある。その結果として、被災者は肉体的・精神的にも疲弊し、生活基盤が著しく脅かされる事態に直面する。他方で、指導者や学校側にとっては、訴訟リスクの高まりが学校教育や部活動への関与を消極化させる要因となり、地域スポーツへの移行が進む現在、この問題は地域の指導者や支援者にも波及しつつある。このような傾向は、将来的に若年層のスポーツ機会や教育的機会の縮減につながることが懸念される。

さらに、指導者や学校関係者に限らず、選手自身が高額な損害賠償責任を負う可能性への不安から、スポーツ活動そのものに萎縮が生じることも否定できない。こうした委縮は、スポーツ基本法が掲げるスポーツ振興の理念に反するだけでなく、スポーツを通じたウェルビーイングの実現という観点からも、極めて深刻かつ看過できない課題である。

以上により、スポーツにおける重篤事故に対する補償制度の早急な構築が強く求められる。

 

3.3. 事故調査・原因究明制度について

 次に、もう一つの重要な視点として、スポーツ事故の原因究明の仕組みの整備が挙げられる。

 スポーツ事故が発生した際には、被災者や加害者等から独立・中立の第三者的な立場により、速やかに事実関係を調査し、その結果を公正かつ客観的に分析する体制が不可欠である。また、個別の事案にとどまらず、散在するスポーツ事故に関する情報を集約・蓄積し、それらを体系的に分析・検討したうえで、得られた知見を広く社会に還元・周知することで、将来的な事故予防に資する仕組みを構築することが求められる。そのためにも、こうした機能を効果的に担う事故調査・分析制度の創設は喫緊の課題である。事故予防によってスポーツ事故そのものの発生件数が減少すれば、何よりスポーツ活動に対する萎縮の回避につながり、結果として被災者の数の減少とともに、公的・私的支出の総額の抑制にも寄与する。その一方で、重篤な被害を受けた被災者に対しては、より手厚い補償を行うことが可能となり、事故原因が明らかになることで、被災者やその家族にとっても精神的な安定が得られるという意義は大きい。加えて、事故の実態を広く共有することで、認知バイアス(「事故には遭わない」「事故に遭っても重篤な傷害を負わない」等)を是正し、補償制度への加入インセンティブを高めるとともに、制度の持続的運営に資する原資確保の一因として機能し得る。

以上から、事故調査・原因究明制度が早急に構築されるべきである。

 

3.4. 小括

 このような状況を踏まえれば、スポーツ事故補償制度および事故調査・原因究明制度を構築した上で、両制度を車の両輪のように相互に補完・補強し合いながら機能させていくことが望まれる。制度の具体的設計については今後の議論を深めるべきであるが、少なくとも「安全」と「安心」を制度として確保することは、現時点での優先課題であると言える。特に、被災者が適切な補償を受けられるという「安心感」を提供する制度整備とあわせて、指導者や支援者が不当に責任追及の対象とされたり、過大に責任を問われたりすることなく、安心してスポーツ活動に関与できる環境を構築することが強く求められる。したがって、今般のスポーツ基本法改正においては、スポーツ事故補償制度および事故調査・原因究明制度構築の基礎となる「安心」の確保という観点が、明確に盛り込まれるべきである。

 

  1. その他(新設の可能性のある規定と留意点)

4.1. eスポーツ

 eスポーツを「スポーツ」の範疇に含めるか否かについては、慎重かつ体系的な議論が必要である。これは、スポーツ基本法における「スポーツ」の概念にeスポーツを含めるかどうかという、法的・政策的に重要な論点であり、拙速な定義づけは避けるべきである。その議論にあたっては、日本体育・スポーツ・健康学会、日本スポーツ法学会、さらには各種スポーツ統括団体等の関係諸機関が連携し、学術的・実務的な観点の双方から多角的な検討を行い、社会的コンセンサスを形成していくことが望まれる。とりわけ、eスポーツの運営団体に対して、既存のスポーツガバナンス・コードを適用しうるのか、またその適用のために必要となる制度的・組織的整備がなされているかといった具体的な課題については、実証的な検討が求められる。欧米諸国においては、伝統的にスポーツを身体的・肉体的活動として捉える傾向が強く、eスポーツはあくまで新たな競技形態として、従来のスポーツとは区別して扱うアプローチが採られている事例も多い。こうした国際的な動向も参考にしつつ、日本においても、eスポーツの特性を踏まえた慎重な議論が必要である。

 もっとも、eスポーツは高度な技術力、専門性、戦略的思考、精神的集中力等を必要とする競技であり、こうした特性を評価し、スポーツの概念を拡張・深化させるとともに、スポーツの社会的価値の多様化を促すべきとの意見もある。今後、eスポーツが社会におけるスポーツの一形態として位置づけられる可能性を視野に入れつつ、その適切な法的・制度的枠組みの構築に向けた丁寧な検討が求められる。

 

4.2. 運動部活動の地域展開

現在進められている運動部活動の地域展開については、制度設計の趣旨および現場の実情に対する十分な理解と配慮が求められる。しかしながら、現状では、地域展開の方針が上意下達的に導入されることで、地域や教育現場において混乱が生じ、円滑な移行が困難となっている例も少なくない。そもそも地域展開は、運動部活動の意義を否定するものではなく、運動部活動の継続が困難な状況において、その機能を補完・支援するための方策として位置づけられるべきものである。しかしながら、制度導入の過程において、こうした前提が十分に共有されることなく、あたかも学校部活動に代わる制度として一律に地域展開を進めるような風潮が生じつつある。このような状況を踏まえ、今後の制度設計および運用においては、教育現場の実態に即し、部活動が有する教育的価値を尊重したうえで、柔軟な対応が可能となるよう、慎重な検討と配慮がなされる必要がある。

なお、現状では、運動部活動に関する施策は国および地方公共団体による主要な施策となっており、運動部活動は学校における体育の充実やスポーツの普及において極めて重要となっていることから、運動部活動についてスポーツ基本法第十七条において明文で規定し、今後そのあり方を継続して検討していく必要がある。

 

4.3. 大学スポーツの推進

 大学スポーツの健全な発展を図るにあたっては、学生が教育の一環としてスポーツに取り組む意義を損なうことなく、競技の場においても各大学が公平かつ公正に参加できる環境を整備することが重要である。とりわけ、大学間の競技水準や運営体制に格差がある中で、大学スポーツ全体としてのバランスある発展を促すためには、大学スポーツの統括的組織である一般社団法人大学スポーツ協会(UNIVAS)が、その中立的かつ支援的な立場から、ルールの整備、競技会の調整、情報の共有、ガバナンスの強化等において積極的な役割を果たすことが期待される。各大学においても、競技力の向上を一面的に追求するのではなく、大学教育との適切な調和を図りつつ、学生の学習権の保障、多様な学生の参画機会の確保に配慮する責任を果たすべきであり、そのような運営方針が制度的にも支えられることが求められる。

 

4.4. 国際競技大会の招致・開催の支援と責任

 新型コロナウィルス感染症の蔓延により、1年延期された東京オリンピック・パラリンピック大会をめぐっては、組織委員会元理事による大会スポンサー選定に絡む五輪汚職事件、テスト大会をめぐる五輪談合事件が明るみに出た。また、2022年のサッカーワールドカップ・カタール大会においては、開催準備の過程で多数の外国人労働者が死亡したとされるほか、性的マイノリティに対する差別的慣行も国際的な批判を招いた。このように、スポーツのグローバル化とメガスポーツ・イベントの招致・開催に伴い、経済効果や集客・収益の追求が優先されるなかで、不祥事や不正等も後を絶たない。そこで、オリンピック・パラリンピック、ワールドカップ等、大規模の国際競技大会等での招致、開催、運営および会計処理の適正性、透明性等の確保を狙った規律と、招致、開催、運営および会計処理に対する重い責任について明確にする規定をもうけるべきである。

 

4.5. スポーツ振興における財源の確保のための措置

 スポーツくじは、子どもからお年寄りまで、誰もが身近にスポーツに親しめる環境整備や、国際競技力向上のための環境整備等、新たなスポーツ振興政策を実施するため、その財源確保の手段として導入された。国は「スポーツ振興くじ助成金実施要領」を策定し、2002年から、この交付要綱等をもとに、地方公共団体およびスポーツ団体が行う、スポーツの振興のための事業に対して助成している。他方、スポーツ振興くじには、ギャンブル依存症、金銭トラブル、生活環境の悪化等、青少年の健やかな成長をゆがめるとともに、スポーツを健全な文化として発展させていくうえでも重大な問題をはらんでいる等として、反対意見も根強い。したがって、スポーツ振興くじについても、スポーツ振興のための財源確保とスポーツくじがもたらす社会的弊害や青少年に対する悪影響等にも配慮しながら慎重に対応すべきである。

 

  1. スポーツ基本法の具体的改正案

5.1. 前文(第1〜2段落)

スポーツは、世界共通の人類の文化である。

スポーツは、心身の健全な発達、健康及び体力の保持増進、精神的な充足感の獲得、自律心その他の精神の涵(かん)養等のために個人又は集団で行われる運動競技その他の身体活動であり、今日、国民が生涯にわたり心身ともに健康で文化的な生活を営む上で不可欠のものとなっている。スポーツを通じて幸福で豊かな生活を営むことは、全ての人々の権利であり、全ての国民がその自発性の下に、各々の関心、適性等に応じて、安全で安心かつ公正な環境の下で日常的にスポーツに親しみ、スポーツを楽しみ、又はスポーツを支える活動に参画することのできる機会が確保されなければならない。

【解説】

事故補償の観点から、「安全で安心かつ公正な環境の下で」として「安心」を追記した。

*安全・安心な社会の概念

https://www.mext.go.jp/a_menu/kagaku/anzen/houkoku/04042302/1242079.htm

 

5.2. 前文(第3段落)

スポーツは、次代を担うこども若者の体力を向上させるとともに、他者を尊重しこれと協同する精神、公正さと規律を学ぶ態度や克己心を培い、実践的な思考力や判断力を育む等人格の形成に資するもので、スポーツに関わるすべての者は、こども若者の人格や意見を尊重しつつ、その年齢及び発達の程度に応じて、心身の健やかな成長発達を促すとともに、安心・安全な環境の下で、スポーツを楽しむ機会とスポーツに参加する権利を保障しなければならない。

【解説】

日本スポーツ法学会では、2020年12月に、スポーツに関る子どもの権利宣言を採択し、スポーツ団体のガバナンス体制の強化、体育・スポーツ指導者養成制度・資格認定制度、こどものスポーツ権の確立のための法整備等を求めた(日本スポーツ法学会「子どものスポーツ権の確立に関する提言」(2020年12月19日)。また、2022年には、政府も、こども基本法を制定し、日本国憲法や子どもの権利条約の趣旨にのっとり、未来を担うこども若者の権利擁護や支援を強化する方針を打ち出した。そこで、本提案のように、こども若者のスポーツ権の確立や暴力・虐待・ハラスメント等の根絶のための取り組みの推進についても、スボーツ基本法の前文や基本理念の中に明文で盛り込むべきである。

 

5.3. 前文(第4段落)

また、スポーツは、人と人との交流及び地域と地域との交流を促進し、地域の一体感や活力を醸成するものであり、人間関係の希薄化等の問題を抱える地域社会の再生及びダイバーシティ(多様性)・エクイティ(公平性)・インクルージョン(包摂性)の実現に寄与するものである。

【解説】

ここでは、国の掲げる施策でもある「ダイバーシティ(多様性)・エクイティ(公平性)・インクルージョン(包摂性)」の実現を入れるべきである。

 

5.4. 第二条(基本理念) 

スポーツは、これを通じて幸福で豊かな生活を営むことが人々の権利であり、年齢、性別、ジェンダー、性的指向、人種,地位(社会的身分)、障害により差別を受けることのない基本的な権利であることに鑑み、あらゆる国民が生涯にわたりあらゆる機会とあらゆる場所において、自主的かつ自律的にその適性及び健康状態に応じて行うことができるようにすることを旨として、推進されなければならない。

2 スポーツは、とりわけ心身の成長の過程にあるこども若者のスポーツが、体力を向上させ、公正さと規律を尊ぶ態度や克己心を培う等人格の形成に資するものであり、国民の生涯にわたる健全な心と身体を培い、豊かな人間性を育む基礎となるものであるとの認識の下に、国、地方自治体、学校、スポーツ団体(スポーツの振興のための事業を行うことを主たる目的とする団体をいう。以下同じ。)、家庭及び地域等、スポーツに関わる全ての者は、こども若者の人格や意見を尊重しつつ、その年齢及び発達の程度に応じて、心身の健やかな成長発達を促すとともに、安心・安全な環境の下で、スポーツを楽しむ機会とスポーツに参加する権利を保障しなければならない。

4 スポーツは、スポーツを行う者の権利利益の保護、心身の健康の保持増進及び安全・安心の確保が図られるよう推進されなければならない。

5 スポーツは、全ての人々が自主的かつ積極的にスポーツを行い、ダイバーシティ(多様性)・エクイティ(公平性)・インクルージョン(包摂性)・共生社会を実現するとともに、人種、性別、年齢、地位(社会的身分)、門地、障害の有無等による不合理な差別を受けることがないよう配慮しつつ、推進されなければならない。

【解説】

ここでも、前文を受けて、国を含めた全ての者がこども若者のスポーツを楽しみ参加する権利を守る責任を負うことを明記した。

また、基本理念として1項において、スポーツ権を明確に規定するとともに、差別の禁止とスポーツの機会の保障を定めるため条文案を付加した。5項でも、多様性・公平性・包摂性・共生社会の実現、不合理な差別の禁止を盛り込んだ。

さらに、事故補償の観点から、安全・安心の確保として「安心」を追記した。

 

5.5. 第五条(スポーツ団体の努力と責務)

1 スポーツ団体は、スポーツの普及及び競技水準の向上に果たすべき重要な役割に鑑み、基本理念にのっとり、スポーツを行う者の権利利益の保護、心身の健康の保持増進及び安心・安全の確保に配慮しつつ、スポーツの推進に主体的に取り組まなければならない。

【解説】

事故補償の観点から、「安心」を追記した。

 

5.6. 第十一条(指導者等の養成等)

国及び地方公共団体は、スポーツの指導者その他スポーツの推進に寄与する人材(以下「指導者等」という。)の養成及び資質の向上並びにその活用のため、系統的な養成システムの開発又は利用への支援、研究集会又は講習会(以下「研究集会等」という。)の開催その他の必要な施策を講ずるようにするものとする

2 国及び地方公共団体は、スポーツに参加するこども若者のウェルビーイング及び安心・安全の確保、スポーツ・インテグリティの確保のため、スポーツ団体と協力し、こども若者のセーフガーディングの専門機関の設置及びガイドラインの策定、統一的な指導者資格の整備等の必要な措置を講ずるものとする。

【解説】

本条では、スポーツ推進のための基礎的諸条件の整備のための基本的な施策として、こども若者のスポーツ権の確保のため、セーフガーディング専門機関の設置やガイドラインの策定、統一的な指導者資格の整備等の措置を講ずる責務を課した。

 

5.7. 第十二条(スポーツ施設の整備等) 

国及び地方公共団体は、国民が身近にスポーツに親しむことができるようにするとともに、競技水準の向上を図ることができるよう、スポーツ施設(スポーツの設備を含む。以下同じ。)の整備、利用者の需要に応じたスポーツ施設の運用の改善、スポーツ施設への指導者等の配置その他の必要な施策を講ずるよう努めなければならない。

2  前項の規定によりスポーツ施設を整備するに当たっては、当該スポーツ施設の利用の実態等に応じて、安全・安心の確保を図るとともに、障害者等の利便性の向上を図るよう努めるものとする。

【解説】

事故補償の観点から、「安心」を追記した。

 

5.8. 第十四条(スポーツ事故の防止等)

国及び地方公共団体は、スポーツ事故その他スポーツによって生じる外傷、障害等の防止及びこれらの軽減に資するため、指導者等の研修、スポーツ施設の整備、スポーツにおける心身の健康の保持増進及び安全の確保に関する知識(スポーツ用具の適切な使用に係る知識を含む。)の普及その他の必要な措置を講じなければならない。

2 国及び地方公共団体は、スポーツ事故その他スポーツによって生じる外傷、障害等に対する補償について、適切な措置を講じなければならない。

3 国及び地方公共団体は、スポーツ事故その他スポーツによって生じる外傷、障害等の原因の解明及び再発防止に資するため、事故に関する調査及び分析を行うための体制の整備を推進するとともに、その結果を適切に公表し、必要な情報の共有を図らなければならない。

【解説】

1項では、国及び地方公共団体の事故防止等の必要な措置を講ずる責務を定め、2項では、補償等、3項で、再発防止や事故原因の調査、情報収集や公表・情報共有を定めた。

 

5.9. 第十五条(スポーツに関する紛争の迅速かつ適正な解決) 

国は、スポーツに関する紛争の仲裁又は調停の中立性及び公正性が確保され、スポーツを行う者の権利利益の保護が図られるよう、スポーツに関する紛争の仲裁又は調停を行う機関への支援、仲裁人等の資質の向上、紛争解決手続についてのスポーツ団体の理解の増進その他のスポーツに関する紛争の迅速かつ適正な解決に資するために必要な施策を講ずるものとする。

2 国は、スポーツに関する紛争の仲裁又は調停等の適正な解決を支援するため、法制上又は財政上必要な措置を講ずるものとする。

【解説】

2項で、国に対して必要な法制上財政上の措置を講ずる責務を課す規定を新設した。

 

5.10. 第十六条(スポーツに関する科学的研究の推進等) 

国は、個人情報やプライバシーの保護、人権の尊重、人を対象とする研究に関する倫理指針、生命倫理等に配慮して、医学、歯学、生理学、心理学、力学等のスポーツに関する諸科学を総合して実際的及び基礎的な研究を推進し、これらの研究の成果を活用してスポーツに関する施策の効果的な推進を図るものとする。この場合において、研究体制の整備、国、独立行政法人、大学、スポーツ団体、民間事業者等の間の連携の強化その他の必要な施策を講ずるものとする。

2 国は、我が国のスポーツの推進を図るため、スポーツの実施状況並びに競技水準の向上を図るための調査研究の成果及び取組の状況に関する情報その他のスポーツに関する国の内外の情報の収集、整理及び活用について必要な施策を講ずるものとする。

【解説】

本条では、国に対して、スポーツに関する科学的研究や調査研究の推進のための必要な施策を講ずるものとするが、その際の研究倫理に関する各種の指針や法令等への配慮も付加した。

 

5.11. 第十七条(学校における体育の充実) 

国及び地方公共団体は、学校における体育がこども若者(青少年)の心身の健全な発達やウェルビーイングに資するものであり、かつ、スポーツに関する技能及び生涯にわたってスポーツに親しむ態度を養う上で重要な役割を果たすものであることに鑑み、体育に関する指導の充実、体育館、運動場、水泳プール、武道場その他のスポーツ施設の整備、体育に関する教員の資質の向上、運動部活動の充実、地域におけるスポーツの指導者等の活用、安全・安心な環境の確保その他の必要な施策を講ずるものとする。

【解説】

本条では、学校における体育の充実を謳うとともに、こども若者のスポーツ権に対応して、そのウェルビーイングや安全・安心の確保を追加した。

 

5.12. 第十九条(スポーツに係る国際的な交流及び貢献の推進) 

国及び地方公共団体は、スポーツ選手及び指導者等の派遣及び招へい、スポーツに関する国際団体への人材の派遣、国際競技大会及び国際的な規模のスポーツの研究集会等の開催その他のスポーツに係る国際的な交流及び貢献を推進するために必要な施策を講ずることにより、我が国の競技水準の向上を図るよう努めるとともに、環境の保全に留意しつつ、国境・言語・民族の違いを超えた国際相互理解の増進及び友好親善、多文化共生、国際平和に寄与するよう努めなければならない。

【解説】

本条は、スポーツに係る国際的な交流及び貢献の推進を定めたものであるが、文科省、外務省、スポーツ庁等のスポーツにおける国際交流の目的として示されているキーワードを挿入した。

 

5.13. 第二十一条(地域におけるスポーツの振興のための事業への支援等) 

国及び地方公共団体は、国民がその興味又は関心に応じて身近にスポーツに親しむことができるよう、住民が主体的に運営するスポーツ団体(以下「地域スポーツクラブ」という。)が行う地域におけるスポーツの振興のための事業への支援、住民が安全・安心かつ効果的スポーツを行うための指導者等の配置、住民が快適にスポーツを行い相互に交流を深めることができるスポーツ施設の整備その他の必要な施策を講ずるよう努めなければならない。

【解説】

事故補償の観点から、「安心」を追記した。

 

5.14. 第二十八条(企業によるスポーツヘの支援) 

国は、スポーツの普及、競技水準の向上を図る上で企業のスポーツチーム等が果たす役割の重要性とともに、企業によるスポーツ支援が企業の社会的責任であることにも鑑み、企業によるスポーツヘの支援に必要な施策を講ずるものとする。

【解説】

本条は、企業によるスポーツ支援につき国が必要な施策を講ずるものとした。企業のスポーツ支援は、企業の社会的責任(CSR)として社会貢献につながる取り組みでもある。スポーツを支援することで、企業イメージの向上や地域との関係強化、従業員の生産性向上等につながるだけでなく、企業の社会的責任を果たすことの重要性が強調されるべきで、この点を条文上も付加した。

 

5.15. 第二十九条(ドーピング防止活動の推進) 

国は、アスリート等の権利擁護とスポーツにおける公正さを確保するとともに、スポーツにおけるドーピングの防止の重要性に対する国民の認識を深め、スポーツにおけるドーピングの防止に関する国際規約に従ってドーピングの防止活動を実施するため、公益財団法人日本アンチ・ドーピング機構(平成十三年九月十六日に財団法人日本アンチ・ドーピング機構という名称で設立された法人をいう。)と連携を図りつつ、ドーピングの検査、ドーピングの防止に関する教育及び啓発その他のドーピングの防止活動の実施に係る体制の整備、国際的なドーピングの防止に関する機関等への支援その他の必要な施策を講ずるものとする。

【解説】

本条では、ドーピング防止活動の目的として、とくに、アンチ・ドーピング活動におけるアスリート等の権利擁護とスポーツにおる公正さの確保を付加した。

 

5.16. 新設(こどものスポーツ権・セーフガーディング)

スポーツはこどもの健全な成長・発達や人格形成に資する身体活動であり、こどもが虐待や事故の怖れなく安心してスポーツ活動を行うことは、日本のスポーツ界の次代を担うこどもの権利として保障されなければならない。そのため、スポーツにおけるこどもの虐待や事故の防止のための専門機関の設立やガイドラインの策定を含めたこどものセーフガーディングの体制を国及びスポーツ団体は整備しなければならない。

【解説】

スポーツにおけるこどもの権利保護を実質化するための新設条項案である。

以上

PDF版 スポーツ基本法改正に関する提言