日本スポーツ法学会理事会声明
緊急アピール:スポーツから暴力・人権侵害行為を根絶するために
2013年(平成25年)2月14日
日本スポーツ法学会 理事会
高校運動部活動での指導者の暴力に抗議して、自ら命を絶った痛ましい事件が起こりました。お亡くなりになった生徒さんに対して、心からご冥福をお祈り申し上げるとともに、ご遺族の方々に哀悼の意を表します。
1. 暴力・人権侵害行為との決別
私たちはスポーツにかかわる一員として、高校運動部での暴力事件及び競技団体での暴力行為など噴出する一連の事件に大きな憤りを感じています。これらの暴力は、人の生命を奪うこともあり、人の尊厳を踏みにじる、あってはならない行為であり、永年にわたって努力を重ねてきたスポーツを愛する多くの人々の思いを踏みにじるものでもあるからです。
人権侵害となる行為には、身体的な暴力だけでなく、セクシャル・ハラスメント、パワー・ハラスメント、ことばの暴力などの行為も含んでいます。これらの行為は複合的に生じやすく、悪しき麻痺感覚となり、そして、その多くは一方的な権力関係にあり相手の反論を許さない状況で生じています。つまり、暴力等の行為は、いじめが弱い者に向かってゆく構造と同じでもっとも卑劣な行為です。
また、スポーツの結果のみにこだわる誤った指導によって生じた事柄は、まぎれもなく暴力・人権侵害行為であり、体罰というものではありません。体罰とは、学校教育や親の懲戒行為との関係で使用される用語であり、スポーツにおいて、指導者に懲戒権はありません。
暴力から育つものは大きな憎しみでしかありません。アメリカでも、そのスポーツ指導者の後進性が批判されたのは1970年代です。その後の国際的なトップスポーツ界では、暴力により強くなるなどと考える時代はとっくの昔に過ぎ去っています。一連の暴力問題は、現在の世界基準では認められるはずはなく、即刻、解雇理由、処罰対象となります。
これまでも日本スポーツ法学会は、「人の支配から法の支配へ」ということを主張してきましたが、今回のケースは直接的な人の支配を表した典型例で、このような暴力・人権侵害行為は、いかなる理由があっても決して許されるものではありません。
スポーツ指導の大切な柱の一つは、スポーツをする者が自立・自律した人間として成長 するのを後押しすることです。暴力より生まれる成長など絶対にありません。
2. 良きガバナンスとコンプライアンス(法令遵守)
2011年に成立したスポーツ基本法は、前文において、スポーツを世界共通の人類の文化と認識し、スポーツを通じて幸福で豊かな生活を営むことは、全ての人々の権利であるとしたうえで、第2条の8で「スポーツは、スポーツを行なう者に対し、不当に差別的取り扱いをせず、また、スポーツに関するあらゆる活動を公正かつ適切に実施することを旨とし、・・」と適切な対応を求めています。もちろん、学校教育においても、学校教育法11条は、「校長及び教員は、教育上必要があると認めるときは、文部科学大臣の定めるところにより、児童、生徒及び学生に懲戒を加えることができる。ただし、体罰を加えることはできない。」と懲戒行為であっても明確に身体的な暴力を否定しています。
さらに、暴力性の排除から出発した近代スポーツは進歩し、今日のオリンピック憲章では、国際オリンピック委員会IOC の使命と役割の第1に、「スポーツにおける倫理の振興、及び優れた統治およびスポーツを通じた青少年の教育を奨励、支援するとともに、スポーツにおいてフェアプレーの精神が隅々まで広まり、暴力が閉め出されるべく努力すること。」として、非暴力の精神を明確に掲げています。このような非暴力や非差別そしてフェアプレーの精神こそが世界共通の人類の文化を支えているのです。
これらの精神に立ち返り、スポーツ団体及びすべてのスポーツ関係者が法令を遵守すること、そして、児童・生徒、アスリートなどすべてのスポーツに関わる人の尊厳を守るために、いまこそ、変革の時と自覚し、暴力・人権侵害行為の根絶に立ちあがらなければなりません。
3. 提言
このような課題に対しては、緊急を要するものと一方では時間をかけて議論し、設計してゆくべきものがあります。スポーツにかかわる人権侵害を根絶するためには、まず各スポーツ組織・団体からの暴力・人権侵害行為の排除宣言と相談窓口の設置が急務です。また、主体をどこにおくか、プライバシーへの配慮やその権限など様々な論点もありますが、調査等の第三者機関の具体的創設も急がれます。さらに、倫理綱領の策定、スポーツ基本法の改正や今後の個別立法そして背後にある構造的問題の解明と改善には丁寧な議論が必要 でしょう。
これらを踏まえ、日本スポーツ法学会は以下の提言をいたします。
(1)スポーツにかかわる一切の組織・団体は暴力・人権侵害を排除する宣言をする。
(2)スポーツ団体等のガバナンスの強化と関係者の法令遵守を徹底する。
(3)スポーツをする児童・生徒とアスリート等を守るために救済を求める者が相談できる
窓口を設置する。
(4)公正中立な調査機関として第三者機関を創設する。
(5)倫理綱領の策定及びスポーツ基本法に暴力の排除等の条項を追加修正する。
(6)指導方法及び指導者養成システムを確立する。
いままさに、21世紀の日本のスポーツの方向性を追求するときを迎えています。一部でも暴力等を認める余地のある主張には私たちは組みすることはできません。
今後も日本スポーツ法学会として、スポーツにかかわる暴力・人権侵害につながる行為の根絶に向けて訴えてまいります。