日本スポーツ法学会第9回大会

第九回大会報告


平成13年12月15日(土)、早稲田大学国際会議場において、日本スポーツ法学会第九回大会が開催された。

大会テーマは「アマチュアスポーツをめぐる法律問題」で、例年通り、自由研究発表、総会、基調講演、シンポジウムが行われた。

1、自由研究発表

諏訪伸夫、佐藤千春両会員による司会の下、四題の発表が行われた。

小林真理会員は、「ヨーロッパにおけるスポーツ立法政策」について、「Study on national sports legislation in Europe (Council of Europe, 1999)」 を分析する形で報告された。
ヨーロッパ19カ国のスポーツに関する法律の制定状況について、スポーツ政策との関連等から検討され、また、個別の問題として、スポーツ・フォー・オール、エリート選手、暴動、ドーピング等に関する各国の対応について紹介された。

中田誠会員は、「ダイビング事故裁判における指導者による動静監視の時間的間隔の推移と免責問題」について、これまでの判決の検討を踏まえて、指導者が講習生を注視する間隔を5秒以内にするべきと提案された。また、裁判の審理過程で取り扱われる情報の正確性に対してや、消費者契約法に対応した新しい免責同意書について、文言を修正しただけで実際にはあまり変化がみられないなどの問題点を指摘された。

中村祐司会員は、「スポーツ振興法改正によるスポーツ行政をめぐる『分権』の課題」について、2000年4月に成立した地方分権推進一括法に伴うスポーツ振興法の改正の意義や、それに伴う課題等について検討された。また、現在の日本のスポーツが直面している課題として文部科学省による総合型地域スポーツクラブの推進や、W杯開催、企業スポーツの終焉などを挙げ、今後の政策の変化に注目する必要があると説かれた。

齋藤健司会員は、「フランスにおけるスポーツ紛争処理制度の形成」について、スポーツ統括団体が、加盟個人・団体間で発生した紛争を解決する調停制度が誕生する過程について報告された。フランスでは、1908年に設立された全国スポーツ委員会が、すでに紛争解決の機能を有していたが、その後の1975年のスポーツ基本法、1984年のスポーツ基本法、1992年のスポーツ基本法改正などに伴う制度の変遷に関して、その時々の争点や議論などについて解説された。


自由研究発表者

2、総会

井上洋一会員(奈良女子大)の司会により総会が開催された。

濱野吉生会長による挨拶の後、2001年度事業報告および2002年度事業計画案が提示され、承認された。さらに、2001年度会計報告および2002年度予算案が審議され、承認された。

濱野前会長

次に、濱野吉生会長より退任の申し出があり、了承された。そして、理事会より、新会長として小笠原正副会長が推薦され、承認された。また、新理事として浦川道太郎会員(早稲田大学)、望月浩一郎会員(東京本郷合同法律事務所)が推薦され、承認された。新役員として、副会長に菅原哲郎事務局長、事務局長に望月浩一郎理事が推薦され、いずれも承認された。

新役員

左から望月新事務局長、菅原新副会長、小笠原新会長

3、基調講演

基調講演では、入澤充会員による司会の下、中村浩爾会員(大阪経法大)による「青少年スポーツのあり方と倫理のルール化の進展」と、友添秀則会員(早稲田大学)による「スポーツと倫理」と題する講演が行われた。

中村会員は、まず、青少年スポーツをめぐる状況について、オリンピックや一部のプロスポーツは活発だが、学校の部活動への参加者は減少していて、その背景には、勝利至上主義やマナーの乱れ、自立性の欠如、非民主的運営、社会的常識との乖離があると解説された。そのような現実をもたらしているものとして、スポーツ振興基本計画や新学習指導要領を挙げ、部活動は重視されているが、今の問題点は十分に把握されていないし、体育でも基礎重視化がみられると指摘された。

次に、スポーツは人間活動の一部であるとした上で、スポーツの価値について検討された。現在は、スポーツの価値ばかりが先行しているが、スポーツをしない自由もあり、人間の生き方は多様なのだから、スポーツへの参加も多様性があるとされた。

また、最近のマナーや倫理のルール化現象について検討された。硬式テニスのマナー項目追加を例に挙げ、本来常識であるべきマナーがルール化されてきているが、それは他律的なものであり果たしてなじむものか、道徳性を崩壊させないか、などと指摘された。そして、フェアプレーの問題を法律、道徳、慣習の三層構造から検討された。

最後に、青少年スポーツのあり方について、マナー、スポーツ文化、教育といった点から解説された。

友添会員は、まず、スポーツ倫理学の研究領域、研究動向について解説された。スポーツ倫理学は、ニューサイエンス、ヤングサイエンスであること、そして、発生するさまざまな問題を現実的に解決するために発展してきた。また、スポーツ倫理学には、人格形成をめぐる研究と規範的研究があり、スポーツにおける新たネ徳目論が求められている、と述べられた。

次に、特にドーピング問題に関して、倫理学の視点から検討された。まず、他人に危害を加えない限り自己決定は尊重されるべき、というドーピング禁止論に対する反対論の根拠、ドーピング解禁論の根拠が紹介された。そして、いわゆる功利主義的自由主義の問題点、利点についてそれぞれ検討された。

現在ドーピング禁止の根拠になっている考え方に対して、選手の健康を害するというが他人に危害は加えていない、不正行為というが新しい用具やトレーニング方法の一つとは考えられないか、真の公平とは何か、といった意見を述べられ、禁止を正当化する絶対的な根拠は見当たらない、と指摘された。そして、正当化する理由として、禁止規定を守っている選手に対する倫理違反という見解を示された。

4、シンポジウム

「アマチュアスポーツをめぐる法律問題」をテーマに、四名の提言者によるシンポジウムが開催された。司会は、山田二郎会員(弁護士)と森川貞夫会員(日体大)であった。

牛木素吉郎会員(兵庫大学)は、「実業団選手と嘱託契約」と題して、まず、直前に発表された社会人野球における登録選手規定の改正について解説され、次に、我が国における実業団スポーツの歴史について、さらには、読売サッカークラブの例を挙げながら、特にサッカーにおける選手の雇用形態の変遷を説明された。その中で、企業は、当初、社員の福利厚生を目的にチームを持っていたが、その後企業の宣伝媒体として利用するようになり、それに伴って嘱託選手が登場してきたと解説された。そして最近では、チームを抱えるより、スポンサーとして宣伝広告費を拠出した方が税法上のメリットが大きいことなどを挙げられた。

日置雅晴会員(弁護士)は、「コーチと企業の雇用関係」と題して、実業団スポーツの指導者の雇用契約の特殊性や配置転換、解雇の問題、契約時の注意点について解説された。その中で、社員として雇用契約を結んでいても、一般社員とは異なった特殊な勤務形態であり、指導者は、相当特殊な専門分野の労働者であると判断された。そして、専門職である実業団スポーツ指導者の配置転換や他チームへの移籍等について、他の専門職をめぐる裁判例や実際に受けた相談事例を挙げながら検討され、契約の際に条項として明確にしておくべきだと指摘された。

鈴木周会員(弁護士)は、「特別推薦による入学と在学契約」について提言された。鈴木会員は、これまでにこの問題に関する判決がないことから、全国の30大学に対してアンケートを行い、その結果をもとに解説された。スポーツによる特別推薦は大学によって制度がさまざまであるが、例えば推薦入学者がケガにより運動の継続が困難になった場合でも、大学側が、在学契約は請負契約であるという認識をもっているので、学生に退学を求めることはなく、その対応もまたさまざまであることが紹介された。

川井圭司会員は(関西外大)による「実業団におけるアマチュア選手と労働法上の権利義務」と題する報告では、まず、独自のアンケート調査を基に企業スポーツ選手の雇用関係の実態について分類され、競技者の労働者性、労災の問題、契約期間規制、雇用保障等について検討された。その中で、競技者の雇用形態の多様化、プロ化の浸透、競技と業務の関係の不明瞭さ等を指摘し、企業と競技者の権利義務関係の明確化、そして競技者に関わる現行法上の枠組の調整と整備の必要性を主張された。

討論では、時間が足りないほど活発な議論が交わされた。(文責 森 浩寿)